2009年07月04日

道 @ 歩く

樹木  @ 歩く

気に入っている道がある。 
  
道とはいっても、公園のマラソンコースだが。
両側には、樹木が立ち並ぶ。  
 

しばらく前まではトレナーに着替えて走っていたが、このところ息せききって走るランナー達に追い越されながら、のんびり歩くのを楽しんでいる。
   
お年寄りに抜かれるのを恥ずかしく思ったのは一時期。
今は、平気だ。   
歩いているゆえの、充実感さえある。
   
疾走する気力をなくしたのだろうか。そうかも知れない。   
しかし、こんなことも思う。
   
私の現在の生理的あるいは精神的欲求が、身体を激しく使うマラソンよりも、四季折々の季節感を味わいつつ、あれこれ物を考えることのできる散歩を求めているのだと。

また、走りたくなる時が来るかもしれない。   
その時々の気分に逆らう必要はない。

  ネット社会、その光と影を追うー
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2009年06月27日

いにしえに迷う G 幻想

41.jpg  幻 想

方向を見失ったのは、それから無難な参道をそれて、日ごろ親しんでいる安心感ゆえに、夜の浅茅が原に踏み込んでからである。

昼間なら、広々とした芝生に鹿が群れをなして遊ぶ、のどかな風景である。

また隣接する飛火野、雪消の沢、鹿苑とともに万葉集にも詠まれ、天平の大宮人たちに、こよなく愛されてきた土地である。

名前からして、いかにも典雅でゆかしい。

今でも、春や秋には、東大寺や興福寺などの見学に疲れた観光客や修学旅行生などの、絶好のくつろぎの場となる。

夜陰に手探りながら、老松の木立の間をさまよった。

時々、鹿がかすかに動く気配を感じる。

水面がかすかに光っているのは鷺池か、それとも荒池か。

浅茅が原にいるのか、雪消の沢なのか。

夢遊病者のようにあてどなく、天平の闇をいっとき彷徨した。

そんな時、虚空に、三月堂の月光菩薩や聖林寺の十一面観音菩薩、秋篠寺の技芸天などが、ほの白くぼうっと立ち現れては消えていった。

めくるめく幻想のなかで私は、なぜか母親の胎内を思っていた。

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2009年06月15日

いにしえに迷うF厳寒の奈良盆地

興福寺五重塔  奈良盆地

奈良盆地の冬は厳しい。

荒涼とした境内には、木枯らしが音を立てて吹き荒れている。

ひどく疲れているが、奈良盆地のはずれ、新薬師寺まで、約5`の道のりを、真冬のかそけき月明かりを頼りに帰らねばならない。

尼ヶ辻まで一本道だ。

そこを右に折れたら国鉄奈良駅を右に見て、三条通りから猿沢の池、奈良公園と道筋はわりと単調である。

意を決して、寒風の中に一歩を踏み出した。

農家と田畑、古びた土塀を左右の闇に感じながら、ひたすら宿坊を目指して歩を進めた。

寒さと睡魔と必死に戦いながら、黙々と歩き続けた。

そして、厳寒の中で身体の内部にぬくもりを感じてきたころ、興福寺五重塔の黒い輪郭を左に見るや間もなく、春日大社の一の鳥居にたどり着いた。

時計の針は午前2時を少し回っている。

 
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2009年06月08日

いにしえに迷う E 薬師寺

西ノ京   薬師寺新金堂

そして例のごとく、荒廃した『歴史の道』を南に、天武帝勅願の薬師寺へ足をのばす。

途中で夕食をとり、完成直後の新金堂で白鳳の傑作、阿弥陀如来像と日光・月光両菩薩を見上げたのは、すでに堂塔が深い闇に閉ざされようとする時分であった。

大池から眺める東塔の驚嘆すべき古代美。

1200年間もの長い間、秘仏救世観音を包んでいた布をはぎとったアメリカ人フェノロサは、この東塔を【凍れる音楽】と形容した。

その九輪の頂にそびえる水煙のシルエットが、心なしか愁いを帯びている。

ところで、当日が新金堂の落慶法要式であることを迂闊にも知らなかった。

すぐに宿坊に電話して、門を閉めないように頼む。

儀式は深夜に、古式ゆかしく厳かに執り行われた。

堂内に流れる荘重な読経の調べと、流麗な曲線を描く三体の尊像が渾然と奏でるメロディは、さながら浄土はかくやと思わせるものであった。

午前一時近く、かりそめの法悦と抗しがたい睡魔とともに式の途中に、金堂を抜け出た。

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2009年05月30日

いにしえに迷うD奈良に遊ぶ

新薬師寺 十二神将   奈良に遊ぶ

私は、奈良に遊ぶときは光明皇后ゆかりの新薬師寺の宿坊に泊まることがことが多い。

皇后が夫、
聖武天皇の眼病平癒を祈願して建立された古寺である。

あまり広くない境内の菩提樹の下に、
会津八一の歌碑が立っている。

     ちかづきて  あふぎみれども  みほとけの
              
              みそなはすとも  あらぬさびしさ

  (近づきて仰ぎ見れどもみ仏のみそなわすともあらぬ淋しさ) 

     ・みそなわす……「見る」の尊敬語  ・あらぬ……「ない」

   
その日は、朝まだき、萩の寺をたち、悲運の
大津皇子眠る、また数多くの歌や伝説に詠まれてきた二上山に赴いた。

それから、山の中腹にある、中将姫伝説の当麻曼荼羅で名高い当麻寺の諸仏を仰ぎ、帰りしな西の京に立ち寄った。

千古の松林の中に、盲目の
鑑真和上とともに静かに息づいてきた唐招提寺。

その、古の余香しみわたる伽藍の清らかなたたずまいと、境内に敷きつめられた白砂を踏みしめる時の、生命を洗われるような感触に心をひかれ、大和地方を訪れるたびに一度は門をくぐるのである。

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2009年05月24日

いにしえに迷うCコロセウムの廃墟

コロセウムの廃墟<br> コロセウムの廃墟

いつの間にか、冷たい雨さえ降り出してきた。

方向感覚をなくした
ローマの夜道を、駆けるようにさ迷った。

と、そんな時である。

小さな私を押し潰すように突然、眼前に黒い巨大な物体が出現した。

瞬時のうちに黒々とした大きな塊が前方に立ちはだかり、
異郷人を威嚇したのである。

驚愕し、戸惑いながらも暗黒に目を凝らした。

コロセウム
である。

巨大な
コロセウム廃墟である。

そのとき私は、2千年前の古代ローマの闇に、茫然自失として立ち尽くしていた。

暗澹たる歴史の深遠のただ中に放り込まれた、あわれな遠来の東洋人であった。

ひとしきり激しくなった雨の中で私は、彼我の文明の底知れぬ隔たりを感じていた。

その奇怪で、おどろおどろしい瓦礫の山ほど私に、
西洋文明との違和感、取り付く島のない断絶感を覚えさせたものは、いまだかつてない。


posted by asaborake at 12:42| 東京 不明| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

いにしえに迷う B ローマの闇路

イタリア料理  ローマの闇路

その青年と、トレビの泉にほど近いレストランで夕食をとり、映画で有名な
テルミニ(終着駅)前のホテルへ帰ろうとドアを押した。

外は既に暗く、夜風は肌を刺すほどに冷たかった。

しかし、日中何度か歩いているし、イタリア料理に舌鼓を打ったあと、一杯機嫌で弾むような足取りで帰途についた。

ヨーロッパの古い街には所々に広場があり、それが散歩のための格好の目標になる。

だが、その時に限り、行けども行けども目当ての広場に行き当たらない。

ワインの酔いもさめ、弾んでいた気持ちもしだいに焦りに変わってきた。

真冬の異国の闇路、心細さが募ってきた。

道を間違えたのだろう。

きっと、とんでもない方向に歩いているんだ。

あたりは真っ暗闇。

心もとなさと焦燥にかられ、しぜん急ぎ足になっている。

古い石畳やアスファルトに響く自分の靴音が、不安をいやます。

posted by asaborake at 17:36| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月10日

いにしえに迷うAサンピエトロ寺院

ミケランジェロ 最後の審判 ルネッサンス美術

その日、カトリック教会の総本山、サンピエトロ寺院内のシスティナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの祭壇画『最後の審判』と天井画『天地創造』をはじめ、ルネッサンス美術の力強く、あまりにも生々しい人間描写に圧倒されて辟易していた。

日本人の手になる絵画で、これほどに人間の肉体と情熱を強烈に表出した作品は、古今を通じて見当たらない。

狩猟民族のバイタリティであろうか。

中世の束縛から開放され、自我と現実の世界を発見した
ルネッサンスという時代性であろうか。

疲れきった感性を癒すために、ラセン階段をのぼって屋上に出た。

ほてった頬を風にあてて、心地よい開放感にひたりながら、冬枯れの、寂寥としたウァチカン市国とローマ市外を望見していると、一人のイタリア青年が声をかけてきた。

ギリシャ同様、イタリアにおいても過去の栄光にひれ伏し、現在を生きる人々が心なしか悲しげに見えたのは、旅行者の感傷に過ぎないのであろうか。 


 


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posted by asaborake at 15:00| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月04日

いにしえに迷う@ 奈良とローマ

 いにしえに迷う

いつのころからか私は、奈良の地をそぞろ歩くことを無常の楽しみにしている。

何がそうさせるのか、私自身よく分からない。
 
けだし秋篠寺の、匂うがごとき
伎芸天への遥かな憧れか。

香り高い天平の清浄を今に伝える、唐招提寺への果てしない夢か。

法隆寺夢殿に佇立する、いくたの謎に包まれた、救世観音の神秘へのロマンティシズムか。

はたまた、大和路にひょっこり出くわす野仏の無心な表情の懐かしさか。

とにもかくにも、いにしえの都への憧憬の去らぬ日は、一日たりとてないのである。

万葉集にみるごとく、伸びやかにして素朴、自由にして大どかな奈良の、屈託のない光と空気は、王朝風のきらびやかさ、しかつめらしい格調と規範、禅宗的な、ある種の心構えを要する森厳さを漂わす京都のたたずまいとは違う。

いわんや、ヨーロッパ文明の源流
アテネローマの、人を寄せ付けぬほどに偉大で、冷徹なまでに理知的な古跡とは、まったく趣を異にするといってよい。

だいぶ以前のことになるが、ほぼ時期を同じくして、奈良と
ローマで、真冬の夜道に方向を失い、途方に暮れたことがある。

ともに東京大阪とはちがい、夜は暗いのである。


        


 


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2009年04月29日

織田信長 J 不覚

人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか 人間50

過酷な乱世を勝ち抜いてきた信長の、まさに一生の不覚であり、取り返しのつかない油断であった。

6月1日には、公家や豪商たちの来訪を受け、名物びらきの茶会を催している。

それから囲碁を楽しみ、深夜、床に就いた。

明くる6月2日未明。

あろうことか、秀吉の援軍として備中に向かって行軍しているはずの明智の軍勢が、方向を変えて京に入り、本能寺を囲んだ。

その数、1万3千。

「光秀が謀反!?」

にわかに信じられることではない。

だが、寺の外で戦闘の声が上がり、夜の闇が火に明るく照らされている。

声も火も、だんだん近づいてくる。

身を包もうとする炎の中で、信長はあまりにはかなくついえ去った覇業を思ったろう。

自らが演じ続けた「尾張のうつけ」から「天下の右大臣」までの華麗だが過酷なドラマが、走馬灯のごとく蘇ってきたに違いない。

そのとき、燃えさかる炎の中から、信長の好んだ謡曲「敦盛」の大合唱が、湧き上がってきたのではないか。

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posted by asaborake at 18:34| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする