料理を両手に抱えたウェイトレスと一緒に、黒縁のメガネをかけ、ちょび髭を生やした人物が、ダークスーツに身を包んで現れた。
物腰がいやに軟らかく、おやと思うほどの長身である。
・に185cmはあるのではないか。
ラテン 系の国々を回ってきたせいか、異様に高く感じられた。
ギリシャやイタリアの街や村を歩いている時、三千夫には意外だったが、・より背の高い男女より低い人のほうがずっと多かったのだ。
それにしても、黒メガネの長身男は馴れ馴れしかった。
満面にたたえた愛想笑いは、受け止めようによっては、人を小馬鹿にした笑いと思えなくはない。
三千夫はこの手の人物が其手である。
時間の経過とともに次・に不快感が昂じてくる。
身多り手多りに軽薄の感を否めず、頭のてっぺんから靴の先まで、紳士気取りが丸見えであった。
これがスペイン流の伊達男か。
闘牛 とフラメンコ の国にしては軟弱ではないか、と内心おかしくもあった。
若いウェイトレスが料理を並べているあいだ、伊達男はテーブル越しに立ったまま、三千夫を見下ろしていた。
しきりにネクタイ に手をやったり、テカテカにポマードを塗りつけた髪を撫で付けたりしている。
それにしても、この胡散臭い男はいったい何者なんだ?
いったい何のために、そこにいるんだ。
三千夫がいぶかしく思い始めたとき、配膳が終わった。
ウェイトレスが立ち去ると、黒づくめの紳士は三千夫に目を合わせると、軽い会釈をして、テーブルごしに座った。
そして、頼みもしないのに、ナイフやフォークの使い方だのエビや魚のむしり方などを教示しようとする。
教えてくれと頼んだ覚えはないと・ると、これは当店のサービスだからという。
お仕儀せがましさが、三千夫には不愉快であり、不可解でもあった。
流暢すぎる英語も、どことなく不自然である。
食事が終わるまで、三千夫はだて男と鼻先を突き合わせていた。
いかがわしさが募っていった。
ラテン系 にしては長身なことといい、流暢な英語といい、もしかしたら本当はアングロ・サクソン ではないか、と思い始めていた。
約1時間後、食事を終えた三千夫は、勘定書きを引っくり返して目をむいた。
なんと、日本円に換算して約18万円である。
三千夫は、何かの間違いだろうと思いかけた。
だが、ほとんど同時に、新宿のとあるバーで、ビール3本とおつまみを存にしただけで、5万円を吹っかけられた学生時代の友人を思い出した。
背中を寒気が走った。
どうしよう‥‥。
それまで三千夫の意識のどこかで、愛嬌を感じないではなかった眼前の黒装束 が、とてつもなく陰険なものに、しかも暴力的な存在に豹変した。
友人は、暴力団と関わり合いになるのを恐れ、その場は運転免許証を店にあずけ、翌日さっそく支払いに行ったはずだ。
日本の新宿 もスペインのバルセロナも、人間のやることなんて似たようなものだと、三千夫は自分の置かれている立場を忘れ、・なところで感心していた。
だて男は三千夫の心の動きに素知らぬ風情を装っているが、時々鋭い視線を向けてい.る。
困った!とは思ったが不思議に恐怖心はなかった。
しかし、それは三千夫のほうが友人より度胸がある、ということを意味するわけではない。
遠い異郷における出来事であり、また皮膚の色もことばも違う人種が相手で、現実味が薄かったのであろう。
しかも、日本を離れてまだ20日余りであった。
アテネ を出発点として、ギリシャの島々を10日ほど歩き、イタリアの2、3の都市に半月近く滞在して、今朝早くバルセロナに着いたばかり。
旅行者に特有の心理的興奮状態の中にあって、日常の生活感覚ではまだなかったのだ。
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