2010年01月18日

いにしえに迷うG幻想

浅茅が原.jpg 浅茅が原

方向を見失ったのは、それから無難な参道をそれて、日ごろ親しんでいる安心感ゆえに、夜の浅茅が原に踏み込んでからである。

昼間なら、広々とした芝生に鹿が群れをなして遊ぶ、のどかな風景である。

また隣接する飛火野、雪消の沢、鹿苑とともに万葉集にも詠まれ、天平の大宮人たちに、こよなく愛されてきた土地である。

名前からして、いかにも典雅でゆかしい。

今でも、春や秋には、東大寺や興福寺などの見学に疲れた観光客や修学旅行生などの、絶好のくつろぎの場となる。

夜陰に手探りながら、老松の木立の間をさまよった。

時々、鹿がかすかに動く気配を感じる。

水面がかすかに光っているのは鷺池か、それとも荒池か。

浅茅が原にいるのか、雪消の沢なのか。

夢遊病者のようにあてどなく、天平の闇をいっとき彷徨した。

そんな時、虚空に、三月堂の月光菩薩や聖林寺の十一面観音菩薩、秋篠寺の技芸天などが、ほの白くぼうっと立ち現れては消えていった。

めくるめく幻想のなかで私は、なぜか母親の胎内を思っていた。

 





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2010年01月15日

いにしえに迷うF厳寒の奈良盆地

興福寺五重塔  興福寺五重塔

奈良盆地の冬は厳しい。

荒涼とした境内には、木枯らしが音を立てて吹き荒れている。

ひどく疲れているが、奈良盆地のはずれ、新薬師寺まで、約5`の道のりを、真冬のかそけき月明かりを頼りに帰らねばならない。

尼ヶ辻まで一本道だ。

そこを右に折れたらJR奈良駅を右に見て、三条通りから猿沢の池、奈良公園と道筋はわりと単調である。

意を決して、寒風の中に一歩を踏み出した。

農家と田畑、古びた土塀を左右の闇に感じながら、ひたすら宿坊を目指して歩を進めた。

寒さと睡魔と必死に戦いながら、黙々と歩き続けた。

そして、厳寒の中で身体の内部にぬくもりを感じてきたころ、興福寺五重塔の黒い輪郭を左に見るや間もなく、春日大社の一の鳥居にたどり着いた。

時計の針は午前2時を少し回っている。


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2010年01月10日

いにしえに迷うE薬師寺

薬師寺金堂薬師三尊.jpg  薬師寺金堂薬師三尊像

そして例のごとく、荒廃した『歴史の道』を南に、天武帝勅願の薬師寺へ足をのばす。

途中で夕食をとり、完成直後の新金堂で白鳳の傑作、阿弥陀如来像と日光・月光両菩薩を見上げたのは、すでに堂塔が深い闇に閉ざされようとする時分であった。

大池から眺める東塔の驚嘆すべき古代美。

1200年間もの長い間、秘仏救世観音を包んでいた布をはぎとったアメリカ人フェノロサは、この東塔を、凍れる音楽と形容した。

その九輪の頂にそびえる水煙のシルエットが、心なしか愁いを帯びている。


ところで、当日が新金堂の落慶法要式であることを迂闊にも知らなかった。

すぐに宿坊に電話して、門を閉めないように頼んだ。

儀式は深夜、古式ゆかしく厳かに執り行われた。

堂内に流れる荘重な読経の調べと、流麗な曲線を描く三体の尊像が渾然と奏でるメロディーは、さながら浄土はかくやと思わせるものであった。

午前一時近く、かりそめの法悦と抗しがたい睡魔とともに式の途中、金堂を抜け出た。





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2010年01月07日

いにしえに迷うD奈良に遊ぶ

西の京.jpg 西の京

私は、奈良に遊ぶときは光明皇后ゆかりの新薬師寺の宿坊に泊まることが多い。

皇后が夫、
聖武天皇の眼病平癒を祈願して建立された古寺である。

あまり広くない境内の菩提樹の下に、
会津八一の歌碑が立っている。

    ちかづきて  あふぎみれども  みほとけの
              
            みそなはすとも  あらぬさびしさ

その日は、朝まだき、萩の寺をたち、悲運の大津皇子眠る、また数多くの歌や伝説に詠まれてきた二上山に赴いた。

それから、山の中腹にある、中将姫伝説の当麻曼荼羅で名高い当麻寺の諸仏を仰ぎ、帰りしな西の京に立ち寄った。

千古の松林の中に、盲目の
鑑真和上とともに静かに息づいてきた唐招提寺。

その、いにしえの余香しみわたる伽藍の清らかなたたずまいと、境内に敷きつめられた白砂を踏みしめる時の、生命を洗われるような感触に心をひかれ、大和地方を訪れるたびに一度は門をくぐるのである。





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2010年01月03日

いにしえに迷うCコロセウムの廃墟

コロセウムの廃墟.jpg コロセウムの廃墟

いつの間にか、冷たい雨さえ降り出してきた。

方向感覚をなくした
ローマの夜道を、駆けるようにさ迷った。

と、そんな時である。

小さな私を押し潰すように突然、眼前に黒い巨大な物体が出現した。

瞬時のうちに黒々とした大きな塊が前方に立ちはだかり、
異郷人を威嚇したのである。

驚愕し、戸惑いながらも暗黒に目を凝らした。

コロセウムである。

巨大な
コロセウムの廃墟である。

そのとき私は、2千年前の古代ローマの闇に、茫然自失として立ち尽くしていた。

暗澹たる歴史の深遠のただ中に放り込まれた、あわれな遠来の東洋人であった。

ひとしきり激しくなった雨の中で私は、彼我の文明の底知れぬ隔たりを感じていた。

その奇怪で、おどろおどろしい瓦礫の山ほど私に、
西洋文明との違和感、取り付く島のない断絶感を覚えさせたものは、いまだかつてない。





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posted by asaborake at 15:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする